東海大学医学部付属八王子病院外科  潜在性腫瘍細胞(ONCs)研究会編集

         





大腸がんの治療
 
当院での大腸がん治療について、3種に分けて解りやすく解説していきます。

1) 内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic Mucosal Resection; EMR)
2) 手術(腹腔鏡下/腹腔鏡補助下手術・小切開手術・定型的開腹術)
3) 補助療法(抗がん剤・放射線照射・免疫療法)
   
 

1)内視鏡的粘膜切除術
 
大腸の内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic Mucosal Resection:EMR)の適応は、良性腺腫:いわゆるポリープ(tubular adenoma)や粘膜表面だけのがん(粘膜表在がん:focal mucosal cancer)と、ごく一部にだけ粘膜下層(sm:submucosal layer)まで浸潤した早期sm1がんにまで大きく拡がりました。一般的には腫瘍の大きさで言うと、20~30mm位までが標準的サイズです。


 
 
 
 
早期大腸がんを含む大きな表在型大腸腫瘍の治療には、リンパ節郭清を含めた腹腔鏡下の手術が1番よい適応であるといわれています。大腸の粘膜下層がん(sm3がん)は、リンパ節転移率が10〜15%と報告されています。
一般的に、まず内視鏡的な粘膜切除術が施行可能であれば組織診断を十分に行った後に、追加で腸切除を施行する場合が多いようです。
病理組織学的にsm1がんまでであれば、リンパ節転移率が2〜3%未満であり、まず追加腸切除の必要はなく、定期的に外来内視鏡検査と経過観察を行います。sm1がん再発例は現在まで全く認めておりません。
外来での生検結果でがんと診断されていない症例は、大腸穿孔(穴があく)なく安全に行うという前提条件の下にEMRを先行処置とします。
最近、当院ではより積極的に、大きな表在型大腸腫瘍(50mm以上)のEMRも行っておりますが、この先進的な治療には下記に示すような問題点もあり、十分に治療内容を理解していただくことが必要です。
 
@大腸壁が非常に薄いため穿孔の危険を伴う。
A腫瘍を分割切除した場合に、多数片の切除組織の完全回収や右側深部結腸への内視鏡再挿入が困難になる。
B内視鏡や鉗子類の操作が病変部で充分に機能せず、EMRを断念せざるを得ない場合がある。
 
 
 
 
上行結腸のバウヒン弁直上(右側結腸で小腸の合流部;肛門から大腸の一番遠い奥の場所)に、径50mmを超える大きさで、丈が低く柔らかい隆起性病変を認めた。腫瘍部3箇所の組織生検では、いずれも悪性所見はなく、良性腺腫と診断された。後日入院の上、慎重に多分割-EMRを行った。切除した腫瘍組織片は全て回収し、病理組織学的に全割面で検索した。その結果、腫瘍のごく1部にのみ粘膜筋板を貫くがん細胞を認め、sm1がん, ly0, v0と診断した。

当科では、第1に内視鏡的粘膜切除術(EMR)を施行し、腫瘍の壁深達度を充分評価した後に、追加切除の有無を決定する方法で診療を行っております。
また、右側結腸(肛門から遠く奥深い部位)の腫瘍を大きく何分割かに切除し得た場合、多数片の切除組織を完全回収することが可能であれば、病理組織診断上に問題はないものと考えております。
 

 
2)手術
 
I 腹腔鏡下/腹腔鏡補助下手術
腹腔鏡を用いた手術は、従来どおりの大きな切開で開腹することなく、初めに約5〜12mmの小穴を数個造設し、次にこの小穴(12mmポート)からカメラを挿入し、モニターを観察しながら、様々な鉗子類(ハサミなどの機械)を操作して行います。一般的に、5〜12mmの小穴3〜5個に加えて、吻合/縫合操作のための手術創40~50mmで施行されます。
腹腔鏡下/腹腔鏡補助下の手術適応は、手術手技の安全性と技術の向上により著しく拡大しています。施設にもよりますが、2005年頃まではステージIまでの早期がん(sm 3がん; 腫瘍径15〜20mm程度)やmpがんが、最も適していると考えられていました。しかし近年は、もう少し進行したがんであっても、低侵襲性であることの患者さんへの大きな恩恵に加え、生存成績が従来法と比較して全く遜色ないことが多数報告されるようになりました。このため、食道がんや胃がんなどに比べて、比較的(生命)予後がよい結腸がんに対しては、ほとんど全ての症例に対して、この低侵襲手術を施行する施設が多くなっています。

当科でも結腸がんの手術として、主として盲腸/上行結腸がんには右半結腸切除術、横行結腸がんには横行結腸切除術、下行結腸がんには左半結腸切除術、S状結腸がんにはS状結腸切除術、直腸S状結腸部(RS)がんには前方切除術を行ってきましたが、現在ではこれらほとんど全ての症例に対し腹腔鏡を用いる低侵襲手術を施行しています。また直腸がんに対しても、手技が結腸がんよりも複雑/煩雑にはなりますが、積極的に低侵襲手術を導入しています。※詳細は、腹腔鏡の手術をご参照ください。


 II 小切開手術
  小切開手術は、80~100mm程度の開創で行う手術で、従来からの大開腹手術と腹腔鏡下手術との中間的な位置付けと考えられています。横行結腸切除術、S状結腸切除術や右半結腸切除術などで行われますが、術野が狭く深いところでの直視下手術になることが多く、高度の技術と習熟が必要です。このため、現在当科では100mm程度の小切開手術を行うことは少なく、55〜65mmまでの小開腹・開創による鏡視下/直視下併用の混合型手術(ハイブリッド腹腔鏡下手術;Hybrid-laparo手術)を標準術式としています。※詳細は、腹腔鏡の手術をご参照ください。


 III 定型的開腹術
  腫瘍径が40~50mmを超す進行大腸がんに対しては、根治的リンパ節郭清を含めた通常の開腹手術を行っています。この方法は、リンパ節転移の有無をしっかりと診断するために最も安全、かつ確立された従来からの方法です。進行大腸がんにおいては、リンパ節転移の有無が術後の生命予後を最も左右するからです。
 



3)補助療法
 
  病気の進み具合(病期)により様々ですが、一般的に抗がん剤は静脈内投与法と経口投与法があります。また特殊な投与法では、肝転移に対して行う肝動注法(動脈内注入)が挙げられます。※詳細は、外来化学療法をご参照ください。
大腸がんの術後補助化学療法の場合は、脱毛・白血球減少等の副作用は比較的軽微ですが、食欲不振・上腹部不快感・嘔気などの症状が多くみられます。

その他の治療法として骨盤腔内の局所再発コントロール・除痛のための放射線照射等があります。

患者さんの状態、病勢やQuality of life(QOL)向上を考慮した上で、身体への最小限の侵襲で最大限の治療効果を得るよう、最適な治療法を選択していきます。




 
大腸がん治療についてのQ&A  
 
手術について
 
Q 最近の大腸がんは、まず内視鏡で病変を発見し、可能ならば内視鏡で切除するという事ですが、もし内視鏡で切除できなければどうなるのですか?
A 内視鏡治療で病変を採り切れれば、手術は必要ありません。その場合は、病理医師の採り切れている、もう大丈夫という診断が必要になります。しかし採り切れていないとなると手術になります。そのため内視鏡治療を行っても、結果的にまた手術になってしまう事もあります。病変の状態によっては、内視鏡治療を行わず、そのまま手術となる場合もあります。
     
Q 内視鏡治療では、一概に1cmの病変まではこの方法、2cmまではこの方法というように治療方法に決まりはなく、医師の治療方針によるのですか?
A なかなか難しい質問です。学会のガイドラインでは早期大腸がんでも、比較的表面浸潤だけで2cm以下の小さいものが内視鏡治療に推奨されていますが、詳細の最終判定は切除してみないとできないため、施設や医師により治療方法にバリエーション(幅)が生じることも確かです。また、内視鏡治療よりもむしろ腹腔鏡の手術を積極的に行っている施設もあります。当院では、ステージI(stage:病期・進行度)のがんで表面浸潤だけの浅いものと予想される症例には積極的に内視鏡的治療を行い、組織や浸潤の深さを充分に調べてから、今後の治療方針を決定していく方向でご説明しています。
     
Q ステージ(stage:病期・進行度)という言葉が出てきましたが、ステージ Iとはどういう状態ですか?
A がんのステージとは、がんがどれくらい進行しているのかという進行度を意味しています。大腸がんのステージ Iとは、腸の壁内(固有筋層内まで)に限局しているがんのことです。また固有筋層を超えて浸潤していても、リンパ節転移がなければステージIIとなり、リンパ節転移があればステージ IIIとなります。さらに他臓器に転移がある場合はステージ IVとなります。
     
Q ステージ Iは内視鏡で治療を行えるということですか?
A ステージIでも表面浸潤だけの浅いものに限られます。もう少し壁の中まで浸潤している場合は、一般的に内視鏡的治療は困難で、腹腔鏡による手術が選択されます。その辺でバリエーションが出てくるということになる訳です。
     
Q 手術にはどのような種類があるのですか?
A 昔は20〜30cmの開腹手術が主流でしたが、現在では5〜7cm程度の小切開手術という手技も可能になりました。最近では、お腹に0.5〜1cmの穴を4つあるいは5つ開け、挿入したカメラで腹腔内を見ながら手術をする、腹腔鏡下手術(腹腔鏡補助下手術)も非常に普及しております。
     
Q 大きな傷でお腹を開くよりも腹腔鏡下手術の方が楽なのですか?
A 痛みの軽減や入院日数、整容性(見た目)などたくさんの長所がありますが、どのようながんが腹腔鏡下手術に適応するのか等、種々の議論がまだまだ沢山あります。しかし最近では、大腸がんに対して全国約57%の施設が腹腔鏡を用いた手術を施行しており(日本内視鏡外科学会集計より)、著しく普及してきたと思います。少なくとも、ステージIまでの早期大腸がんや内視鏡治療後の追加切除には、腹腔鏡下手術が第一に選択されるようです。
     
Q Q:希望の手術をしてもらうことは可能ですか?
A 最近色々な病院で、ホームページ等に治療内容や方針を掲載している病院も多いと思いますので参考になさってください。また、ご希望やご質問があれば、担当の医師に遠慮なく何でもご相談ください。治療の方法・選択は、最終的に医師や医療チームでの総合判断になりますが、患者様のご意向に沿って、様々な治療方法を提示できることが、その施設のチーム医療の力と質であり、レベルにも繋がっていくと思います。
     
     
     
抗がん剤投与(Chemotherapy:ケモセラピー)と放射線照射(XRT)
     
Q 手術後にはどのような検査が行われるのでしょうか?
A 手術後の治療方針を決定する上で、がんがリンパ節に転移しているか、していないか、またどのような種類や性質かなどが重要となります。この最終診断は病理医によって行われます。顕微鏡でがんを確認し、リンパ節転移の有無やがんの進展などの判定を行います。これが病理診断です。その診断結果により、治療の方向性が決まります。例えば、大腸がんは固有筋層を超えて浸潤していても、リンパ節転移がなければステージIIですが、再発する可能性は少ないのです。一般的には術後5年間再発しない人が、約85%で、100人中85人近くは治ってしまうことになります。正確なステージを診断するためにも、顕微鏡による病理検査・診断が必要となります。
     
Q リンパ節転移があった場合はどうなるのですか?
A リンパ節転移があった場合には、大腸がんではステージIIIとなり、抗がん剤治療の対象となります。
     
Q どのような抗がん剤の投与が必要になるのですか?
A 注射剤や経口薬等、色々な抗がん剤がありますが、大腸がんでは各ステージでのガイドラインがおよそ設定されています。例えば、リンパ節転移があった場合、注射剤(主として点滴)による投与になります。薬剤や投与方法についての詳細は、担当医師にご確認ください。
     
Q 入院して抗がん剤の治療を受けるのですか?
    手術終了後、状態が安定したら一度退院していただきます。当院での大腸がんの抗がん剤投与は、原則的に外来治療となっています。近年、外来化学療法という言葉を聞かれたこともあるかと思いますが、ご自宅から外来に通院しながら抗がん剤を投与して、日常生活を続けながら治療を受ける方法です。全身状態が良ければ、お仕事を継続することも可能です。
     
Q 放射線治療はどのような時に必要になりますか?
A がんの種類により異なりますが、大腸がんでは骨盤腔、あるいは肛門に近い所にできた下部直腸がんに対し、術前・術中・術後に放射線照射を行う場合があります。欧米では放射線治療が広く普及していますが、近年は日本でも広く行われるようになってきました。当院では、基本的に手術を先行し(病巣部の根治的切除)、ステージを組織学的にしっかりと判定した上で、リンパ節転移のある場合には抗がん剤を用いていますが、がんの状態や再発状況により、手術前後に放射線治療を行うこともあります。このように種々のがんに対して手術・抗がん剤・放射線等を組み合わせて治療を行いますが、これをがんの集学的治療と言います。
     
Q 昔と違い、がんが発見されても段階を経てさまざまな治療法があり、がん=死というイメージは持たなくてよいのですか?
A そうです。良いことばかりも言えませんが、大腸がんに対する集学的治療は日進月歩に進化していますし、もしリンパ節転移があった場合でも比較的再発が少ない、あるいは再発しても生命への心配が低くなりつつあるとがんと言えます。
     
            
 

 
八王子病院での治療成績
 
東海大学八王子病院・開院以来の大腸がんステージ別、および詳細ステージ別(Stage I-IIIc)の無再発生存率グラフです。縦軸は生存率(%)、横軸が術後経過年数(年)となっています。nは症例数(患者数)を表しています。5年無再発生存率とは、がんの手術から5年後に再発せずに生存している人の割合のことです。ほぼ全国的集計レベルの良好な結果であると考えられます。
 

 
 

 
東海大学八王子病院・開院以来の大腸がんステージ別、および詳細ステージ別(Stage I-IIIc)の全生存率グラフです。縦軸は生存率(%)、横軸が術後経過年数(年)となっています。nは症例数(患者数)を表しています。5年全生存率とは、がんの手術から5年後に再発の有無に関係なく生存している人の割合のことです。ほぼ全国的集計レベルの良好な結果であると考えられます。
 
 


 
 
 
 

参考文献
 
<大腸がん・胃がん一般>



大腸癌取り扱い規約, 第7版, 大腸癌研究会/編, 金原出版株式会社, 2006年.

大腸癌治療ガイドライン−医師用, 2009年版, 大腸癌研究会/編, 金原出版株式会社, 2009年.

大腸癌治療ガイドラインの解説−2006年版, 大腸癌研究会/編, 金原出版株式会社, 2006年.

Knack & Pit falls: 大腸・肛門外科の要点と盲点, 第2版, 文光堂, 2004年.

胃癌取り扱い規約, 第13版, 日本胃癌学会/編, 金原出版株式会社, 1999年.

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Knack & Pit falls: 胃外科の要点と盲点, 第1版, 文光堂, 2003年.

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<内視鏡>
 

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他多数論文より

 
 






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